Blog, フィリピン

一度もちゃんと読んだことない

image
2016/5/4
留学31日目(ドゥマゲッティ)

 
6時半起床。

<本日の食事>
朝食:タマネギ炒め、炒り卵、炒飯、パン、お吸い物、マンゴー
昼食:ササラダ、肉と野菜の煮物、ご飯、お吸い物
夕食:豆の和え物、春巻、ご飯、お吸い物

 
本日の時間割(今週はずっと同じ)

09ー10:Listening
10ー11:Role Play
11ー12:FC
13ー14:Grammar
14ー15:Pronunciation
15ー16:Speaking

 
to不定詞に超苦戦してます。
to+原形と〜ingで意味が変わるなんて知らなかったよ。。
常識ですかそうですか。
こんなん高校で習ったっけか。
習ったんだろうなぁ(遠い目)

GrammarのE先生に、

まぁ別に覚えなくても、英語の勉強続けてれば自然とわかるようになると思うよ。
俺も別に覚えなかったもん。
いつの間にか「enjoy to 原形ってなんか変だな」って気づくセンスが自然と身につくよ。
大丈夫大丈夫テイキットイージー!

って言われたんだけど、それ何年かかるんすかね。。

 
image
今日のPronunciation。
S先生はかつて、無神論者であると同時に進化論者だった。
数学を修め、科学を愛し、宗教を否定し、ことさら母国のイスラム教政策を嫌っていた(←これは今でも嫌いらしい)。

そんな先生がムスリムに至った最初のきっかけは、進化論への懐疑だったそうだ。
先生の懐疑は深まり続け、やがて進化論に止まらず、世界中で「正しい」とされているあらゆる科学に対して懐疑の目を向けるようになった。

考察を続けるうちに、S先生は「進化(evolution)」ではなく、「creation(明確な意志に基づく創造)」にこそ理路を見出した。
その根拠の一つには黄金比(1:1.618…)もあるそうだ。
そこから先生の中で改めて、宗教をロジカルに見つめ直す日々が始まったらしい。

信仰も知識も考察も持たない自分は、「宗教」というものへの距離をなかなか縮められない。
もし世界が本当に誰かの意志で意図的につくられたものだとして、どうしてそれが「信仰」に結びつくんだろう。
明日「創造主」が現れたら、人間はみんなその存在にひれ伏すんだろうか。

普通に考えると、むしろその存在に対して、恐怖や憎しみを感じてしまう気がする。
自分が誰かの操り人形でしかないとわかったら、人間は理性を持っているからこそ、その操り糸から逃れたいと思うのが普通じゃないだろうか。
少なくとも自分は、「すべては創造主の意のままに」なんて耐えられないと思う。
映画「ノア」で箱舟に乗れない人たちが反乱起こしてたけど、まさにあれが正常な気がする。

だからこそ「預言者」の存在が重要なのかもしれない。
もし預言者が現れていなかったら、創造主の存在の仮定が、「信仰」として今日ほど明確なものに至ることはなかった気がする。

改めて聖書とコーラン読んでみようかな。
あ、てか改めても何も、コーランは今まで一度もちゃんと読んだことないやorz
S先生が言うには、コーランの半分以上のボリュームは「天地創造」関連で占められているのだそうだ。

 
今週は最高齢生徒Nさんの送別会。
学校中のアイドルのNさん。今日も明日も明後日も送別会がある。

 
image
いつものスポーツバーで、すっかり顔馴染みの中国系マレーシア人Tさんも一緒に、3人でプチ送別会をした。
Nさんの留学の主目的は、英語習得よりも花粉からの避難。
毎年この時期だけ海外留学し続けていて、この学校はなんと9校目らしい。すごい。
Nさんがこれまで訪れたいろんな国の話や、高度経済成長期の日本の話、バブルの頃の日本の話など、興味深い話をたくさん聞かせてもらった。
留学中にこんなすごい人生の先輩とお会いできるなんて思ってなかった。
留学で得た大切な財産の一つになった。

 
帰ってきてブログ書いてたらまた停電した。
でも今日は20分くらいですぐ戻った。
27時就寝。

 
 
ブログランキングに参加しています!
↓クリックをいただけると励みになります。
2016-02-17 18.33.26
にほんブログ村






2016-05-05 | Posted in Blog, フィリピンNo Comments » 
Comment





Comment



*