Blog, 出発前_雑記
まさかリアル吟遊詩人になるとは
最後から2つ目のコンサート、
無事終了しました!
はじめて参加したのは2007年の「パリ祭inさいたま」。
そのときはまだカルテットじゃなくて、6人編成のアンサンブルだった。
マンドニコのペロータと二橋さんのロンカプ。
今思うとこの頃の選曲は平和だったなぁ。
2008年、カルテットに編成を変えて
「朔太郎音楽祭四重奏コンクール」に挑戦。
そして優勝!
もーめちゃめちゃ嬉しかった!
課題曲が朔太郎「野火」、自由曲がバッチーニ「弦楽四重奏曲2番1楽章」。
(このへんから選曲おかしくなってきた)
賞金一人頭25万はもちろんカルテットの活動に…
とはならず、各々の私利私欲に費やした←
(自分はMacを新調した←)
翌年の同音楽祭にも前回優勝者として招いていただいて、
バッチーニの同曲を3、4楽章もあわせて演奏。
この4楽章がバカみたいに難しくて、今でもたまに夢でうなされるほど。
そのあと少し間が空いて、
2011年「マンドリンアンサンブルの宴」で再集結。
ドビュッシー「小組曲」とトゥリーナ「闘牛士の祈り」、
そしてヒナステラ「弦楽四重奏曲1番1楽章」。
ヒナステラが超かっこよかった! いつかまた弾きたいなぁ。
出演グループ全員で弾いた静一「祝宴」も楽しかった。
そしてさらに間が空いて、
2014年「フェアウェルコンサート」で活動再開(但しメンバー1人交代)。
ブルッフ「弦楽四重奏曲1番1、2、4楽章」。
久しぶりの練習で「やっぱりカルテットって楽しいな〜」と改めて実感した。
そして今回の「ニューイヤーコンサート2016」。
トルバドール史上最難曲、ドホナーニ「弦楽四重奏曲3番1、3楽章」。
何度も何度も呆然としながら、それでもものすごく楽しかった。
気づけば足掛け約8年…!
8年も在籍しながら、この場所を「当たり前」に思ったことは一度もなかった。
設立当初から今までずっと、自分が「4人の中の1人」でいられることを奇跡のように感じていた。
(だってもう凄いメンバーなんだもん!!)
本番の舞台上は、毎回吐くほど緊張したけど、
あまりに眩しくて神々しくて、夢の世界だった。
最後の4カ月は、一回一回の練習さえも夢のように幸せだった。
それこそ、「実はこの8年は全部夢だったんだよ」って言われても
信じちゃいそうなくらいに。
一緒に弾けて、たくさんの人に聴いていただけて、
思い出すだけで泣けてくるくらい幸せでした。
きっと一生忘れられない。
これで一区切りだけど、夢オチで終わらせないように、
別の形でもいいからいつかまたご一緒できるように、頑張らないと!
具体的には、帰国後の関東での社会人復帰と、
おそらく旅中にカンを失うであろうチェロのリハビリを^^;
ところで、実は「トルバドール」というアンサンブル名も自分がつけた。
当時ハマってたゲーム「ファイアーエムブレム」のジョブ名から拝借した。
意味も「吟遊詩人」でかっこいいなと。
このときはまさか、9年後に自分がハープ持って
住所不定無職リアル吟遊詩人になるとは思いもしなかった。
まぁ、当たり前かw
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コメント2件
シモーネ | 2016.01.27 0:05
>ヒb…トルバの元2ndの人さん
懐かしい!!
そんなこともありましたねw
楽しかったですよね。
偶然メンバー全員パートトップになった時期もありましたよね。
B団での合奏も合わせやすくなったw
またやりましょう!!
トルバの元2ndの人 | 2016.01.26 16:57
遅くなったけど演奏会お疲れ様でした。
聴きに行けなくてごめんね、残念…。
アンサンブルの名前決めた時、イタリア語だとトロバトーレになるし、イル・トロバトーレって曲もあるからそっちにしよう!ていうかそっちでML作りました!ってやったら「いややっぱり私はトルバドールがいい」という強固な反対にあいMLも作り直した思い出が(笑)
四重奏楽しかったね、またいつかみんなとやりたいです。