
出発まであと1週間!
やっとここまで来た。
長かったなー。
正直自分でもずっと半信半疑だった。
多分、無意識に何度も「本当に行くの?」と自問していた。
いつ確固たる決意に変わったのかわからない。
明確に「ここ」というタイミングはなかったかもしれない。
ハープを買って、ブログを始めて、周りにカミングアウトして、
ゆるやかに準備を進めていくうちに、「ああ、本当に行くんだな」といつのまにか思えるようになった。
迷いはほとんど無かったけど、葛藤や後ろめたさみたいなものは0じゃなかった。
33歳という年齢。
社会での自分の立場。
かけがえのない音楽活動。
大切な人たちとのつながり。
10年以上浸かっていた、あたたかくて居心地の良いお湯から出ることは怖かった。
一度手放してしまったらもう二度と得られないんじゃないかと。
かといって今のまま浸かり続けることもどうしても耐えられなかった。
出発一週間前になった今は、もうそういった不安は無い。
最初は、世界一周する1年間を「停止期間」のように捉えていた。
仕事も楽団も何もかも休んで、ただただ漂流する、人生のブランク期間。
何かを得ることよりも、空虚であることに酔っ払う期間。
リスクはあるけど、長い人生、こういう時間があっても悪くないだろうと。
そしてブランクの後には当然、リハビリと社会復帰が待っているものだと思っていた。
でも実際は、今のところ全然「停止」していないし、空虚にもなっていない。
むしろ世界一周の準備を始めてから、今までずっと停まっていたものが一斉に動き始めた。
自分の内側も外側も目まぐるしく変わっていって、ついていくだけで精一杯なくらいだった。
ニートになって1.5カ月、じきに住所もなくなるというのに、社会から切り離される不安さえ無い。
毎日が充実していて忙しい。
この時間が「ブランク」になるとは考え難い。
よく考えたら、長い時間軸で捉えると、10年以上続けてきた物事を一気に止めること自体が既に「動」なわけで、当たり前っちゃ当たり前だ。
でも、そんな当たり前のことさえも、ルーチンに陥った毎日では気づけないものなんだよね。
これは環境のせいでも誰のせいでもなく、自分自身の視野が狭いせいなんだけど。
もしかしたら平均より遅めなのかもしれないけど、気づけてよかったと心底思う。
それに自分の場合は、同じ場所で10年以上必死に頑張ってきたからこその「動」であり、充実した今なんだろうとも思う。
だから、ちょっと前までは「20代で気づけていたら」と思ってたけど、今はもうそれも思っていない。
もしオーバー30の人に相談されたら、今だったら自信を持って「大丈夫だよ」「胸張っていこうぜ」って言える。
何かを地道に続けてきた人は、たとえそれが惰性であっても、そして自分では芯がないように思えても、実は想像以上に地に足が着いてるもんなんじゃないかな。多分。
前も少し書いたけど、学業や仕事から離れて長期旅行する自分を卑下しすぎたり、あるいはそういう他者を「浅い」「薄い」といった言葉で切り捨てるのは、個人的には勿体ないことだと思う。
逆も然りで、同じ場所で頑張り続ける人を「思考停止だ」「社畜だ」などと否定するのも勿体ない。
どんな物事でも、そこから何を得るかは人それぞれで、それを自分の糧にできるかどうかも、結局は自分次第だ。
とはいえ、好き勝手やって何も失わずにいられると思うほど楽観的でもないけどね。
帰ってきたときや数年後に自分がどう思えているのか、「楽しみ」と「怖い」の割合が7:3くらい。
今はとりあえず、お湯から出る寒さに凍えた記憶も忘れずにいようと思っている。
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コメント
こんにちは。私も一昨年お湯(シモーヌさんと同じお湯ですよ)から出ると決めた時は、ぶるぶる震えが来たけれど、今思えばあれは武者震い。お湯から出てみたら思いのほか身体があったまっていて自由に動けました。
あと一週間なんですね。道中の無事を祈っています。シモーヌさんのブログにすっかりはまってしまったので、世界各地からの更新楽しみにしています。良い旅を!
>ぽんさん
もしや、先日お会いし損ねた、リアル知人のぽんさんですかね…?
(違ったらすみません!)
コメントありがとうございます!
湯上りの先輩からの言葉、本当に心強いです。
武者震い!この表現すごくしっくり来ますね!
私も数年後「あれは武者震いだった」って言えるように追っかけます^^
ブログ読んでくださってありがとうございます!
出発してからも更新頑張ります☆
その、ぽんです(笑)。こちらこそ、シモーヌさんから勇気もらってます!帰国したら今度こそ会いましょう!
>ぽんさん
やはりあのぽんさんでしたか!!
ありがとうございます><
帰国後お会いできるの、今から楽しみにしてます!^^