Blog, チェコ
あまりにも美しすぎた街
チェスキークルムロフ。
言わずと知れた「世界一美しい街」。
「死ぬまでに一度は見たい〜」シリーズ常連。
チェコが誇るリーサルウエポン。
今でこそ華々しく開花しているこの街だけど、実はとても切ない歴史を持っている。
中世の時代、チェスキークルムロフは手工業と交易の街として栄え、チェコ系住民とドイツ系住民が居住する地区だった。
しかし19世紀の民族統一運動の高まりによって 共存関係は崩壊し、第二次大戦後に旧チェコスロバキア領となってからは、街のドイツ人たちは市民権と私有財産を剥奪され、この地から追放されてしまった。
こうして住民の大部分を失った街は荒廃の一途を辿り、一時は オーストリアの画家シーレが「死の街」と表現したほどだったという。
この話で思い出したのは、岩明均作「ヘウレーカ」(漫画)だ。
作中では、古代ローマ時代のシチリアのシラクサにおいて、カルタゴの扇動により対ローマ意識を高めたシラクサ人たちが、突然ローマ人を迫害してしまう。
つい昨日まで隣人として共に泣き笑い、共に生活を営んでいたにもかかわらずだ。
こういったことは、きっと時代や地域を問わずたくさん起こってきたんだろうと思う。
歴史の表舞台では国単位の政治面の動きにだけ着目しがちだけど、その都度まさに「生活」に致命的影響を受けてきたのは、現場で暮らす一般市民だった。
特に民族統一運動の流れの中では、誰かが何かの意図で定めた「境界線」に利害を持たず、どちら側にも属さない人たちもたくさんいたはずだ。
大切な家族や友人を、突然「向こう側」に追いやられた人たち。
でもその存在が語られる機会は今だに少ない。
チェスキークルムロフに当時からの美しい景観が維持されているのは、この「荒廃の期間」に近代化の波を受けず放置されていたためだと言うから、なんだか皮肉な話だ。
さて、そんな歴史を持つチェスキークルムロフには、プラハからバスで向かいます。
行き方はこちらのサイトを参考にさせていただきました。わかりやすい!
プラハから約3時間で終点の「Český Krumlov AN」に到着。
高台のバス停から少し下ると、チェスキークルムロフの旧市街が眼下に広がる。
さすがチェコのリーサルウエポン…!
まだ街に入ってすらいないのに、この時点でもう聞きしに勝る破壊力!
高台から下りて橋を渡って旧市街に入る。
すごい、信じられない。
本当に絵本の世界だ。
思わず目をゴシゴシ擦りたくなるほどの。
旧市街はとても小さかった。
道の数も多くないので、あっという間に全体を周りきってしまう。
例によって上の方に登ってみることにした。
フォトジェニックにも程があるわ!
なんかいっそムカついてきた(←)
続いて城の方へ。
上から見ると、建物の高低差、屋根屋根の配色、川や山の位置が絶妙すぎることに気づく。
本当に人間がつくったのか?
「実はものすごくでかい巨人が、手で上から一つ一つ建物を配置していったんだよ」って言われた方がしっくりくる。
広大な敷地の庭園に出た。
観光客で賑やかな旧市街とは対照的に、
風の音しか聞こえない静かな空間だった。
とっても素敵な庭園。
かつて訪れてきた庭園の中で、一番胸に迫るものがあった。
すごく広い敷地面積なのに、隅々まで丁寧に手入れされているようだった。
この広大な庭を美しく維持するのはさぞ大変だろうと思う。
色とりどりの花がランダムに植えてある。
まるでブーケのような花壇
秋に来て良かったと思わされた。
でもきっと他の季節も綺麗なんだろうなー
なんか、でも、
やっぱり、あれですね。
こういうところ来ると、
1人が淋しくなるね(´Д` )
周りみんなグループなんだもん。
あっという間に帰りのバスの時間が来て、再び3時間かけてプラハに戻った。
本当に絵本のように美しい街だった。
あまりにも美しすぎた。
切なさが際立ってしまうほどに。
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