Blog, 出発前_雑記

書くことと弾くこと

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世界一周中の「制約と誓約」について。

 
1年かけて海外を自由にまわるなんて、これから先何度もできることじゃないだろう。
せっかくなら面白い旅にしたい。
かけがえのない経験にしたい。

だから「制約と誓約」が欲しいと思った。
旅の「スタイル」とか、「テーマ」「目的」「こだわり」といった言葉に置き換えてもいい。
でも自分の場合は「制約と誓約」という言い方が一番しっくり来るので、これを使います。

つまり、ルール(制約)を決めて、それを「遵守する」と心に誓う(誓約)こと。

自分の場合は、「書くこと」と「弾くこと」をルールにしたい。
具体的には、世界一周中は必ずブログを書き続けて、ハープを演奏し続ける。
どちらか一つでもできなくなったら、その時点で世界一周をやめる。
ただし「書く」と「弾く」の範疇から出なければ、手法(ブログやハープ)は変更可とする。

 
「『制約と誓約』が欲しいと思った」と書いたけど、世界一周すると決めたときに、この2つのルールもほぼ同時に決まった。
「世界一周しよう」→「じゃあ旅行記書こう」「楽器弾こう」が体感0.2秒くらい。
(ただし手法としてブログとハープを選ぶまでにはもっと時間かかった)
それくらい自分にとってナチュラルというか、まぁぶっちゃけ今の自分にすぐできることが、この2つしか思いつかなかっただけなんだけど。
選択も考察もする余地なく、「これしかない」って感じだった。
この2つだけが、これまでの人生でずっと止めずに続けてきたことだったからだと思う。

安直ではあるけど、こういう、自分にとって「ナチュラル」だとか「しっくりくる」という感覚は大事にしたいと思っている。
クラピカが具現化系と聞いてすぐ鎖を思い浮かべたように。
ヒソカが子どもの頃好きだったものを能力名の由来にしたように。

 
実現性と応用性の点でも気に入っている。
念能力の世界でもそうだけど、リスクが高すぎたり、ただ頑固で意固地なだけのルールにするわけにはいかない。
かといって易しすぎるルールでは面白くないし、誓う意味がない。

「書くこと」と「弾くこと」だったら、最悪この身一つあれば、いつどんな環境下でも実現できる。
ただし、旅の中で常に書く時間を割くことや、常に楽器を持ち歩くことなどがリスク。
自分にはこれくらいのバランスがちょうどいい気がしている。

 
旅行ブログを読みまくってると、みんなそれぞれいろんな「制約」があって面白い。

世界の美味しい食べ物をレポートする。
世界のイケメンをハンティングする。
一国につき一人友達をつくる。
わらしべ長者的に物々交換をする。
自転車のみで移動する。
バスキングの稼ぎだけで旅をする。

念能力と同じように、条件が厳しい旅ほど面白くて、読んでいてワクワクする。
でも、そこまでリスクがなかったとしても、その人に「しっくりきているなぁ」と思う旅も、同じくらい面白くて魅力的に感じる。
自分も後者のような旅にできたらいいなと思う。

 
最近は旅だけじゃなくて、人生というくくりでも「制約と誓約」があるといいなと思い始めている。
本当は意識するまでもなく、それこそ小さいものから大きいものまで、人生は「制約と誓約」に満ちてると思うんだけどね。
ただ、スパンが長過ぎるから、「面白い人生にするために」という文脈をつい忘れてしまうんだろう。

そして、面白くするための条件は、意外と「外」よりも「内」からの方が見つかるのかもしれない。
私は、自分の中が空っぽだから、外を見たいとばかり思っていた。
でも外を見に行く前に、ちゃんと自分の根本に「書くこと」と「弾くこと」が根付いていることに気づいた。
これは意外だったし嬉しい発見だった。
究極、どんなかたちであれ、この2つのことさえできれば、人生そこそこ楽しめる気がしてきた。

 
少し前まではこんなこと全然考えなかったのに、不思議だ。
最近、ものの考え方がすごいスピードで変わっていっていて、自分でちょっと怖いくらい。
単に歳とっただけな気もするけど。

 
 
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2016-03-14 | Posted in Blog, 出発前_雑記No Comments » 
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