Blog, ドイツ

失った何かを悼み続ける街

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2016/10/7
ハーメルン

 
「ハーメルンの笛吹き男」は、元々ハーメルンの地に伝わっていた伝説をもとにグリム兄弟が童話化したことで、世界で最も有名なおとぎ話の一つになったという。
しかし「街中の子どもが消えた」というラストは(都市伝説としては満点だが)子ども向け童話としては賛否両論で、国や地域や出版社等によって変更されている場合もあるらしい。
例えば「子どもたちは新しい世界で幸せに暮らしました」と付け加えられていたり、なんと街に戻ってくるバージョンもあるというから驚きだ。

で、自分はどのバージョンでこの話を知ったのか、記憶が定かではない。
ただ覚えているのは、当時は「怖い話だという認識はなかった」ことだ。
笛吹き男に至っては、特殊能力を持ったヒーローのようなイメージさえ持っていた気がする。
明るい印象のバージョンを読んだのか、当時の自分が単にそう受け止めただけなのかわからない。

 
大量神隠しの真相というよりは、自分が子どもの頃持ったポジティブな印象の出所が気になって、旧市街にある「ハーメルン博物館」を訪れてみた。
小さな街の博物館とは思えない素晴らしい設備で、ハーメルン地方の旧石器時代から現代までの歴史的遺物が豊富に展示されていた。
もちろん「笛吹き男」関連の展示も充実している。

 
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世界中の「ハーメルンの笛吹き男」関連書籍。
絵本から研究書まで。

 
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不気味な道化師のような笛吹き男もいれば

 
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超ゆるい笛吹き男も

 
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様々な画家による、童話を題材にしたアート作品。
男の年齢も風貌も、笛が縦か横かさえも作家によって区々だ。
確かに、イマジネーションが掻き立てられる題材だよなぁと思う。

 
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映像作品も幾つか見ることができた。
これは人形劇のパターンで、

 
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こっちは実写

 
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なんとディズニーもアニメーション化していた。
知らなかった。。
ネズミたちがミッキーに見えるw

 
これらの映像作品がとても印象的だった。
話の大筋は共通なんだけど、書籍やアート同様、作品によって笛吹き男の解釈が全く異なるのだ。

例えば実写版は最初から最後まで謎めいた(意図がよくわからない)笛吹き男で、
人形劇版は恐ろしく悪意に満ちた異形者としての笛吹き男、
そしてディズニー版は悪い大人から子どもたちを救い出す正義の味方の笛吹き男だった。

この違いがつくづく面白いなぁと思った。
笛吹き男はこの上なく恐ろしい復讐魔だけど、確かに最初に悪事を働いた(約束を破った)のは街の大人たちであって、そんな悪人たちから純粋な子どもたちを解放したーヒーローと捉えられなくもない。
自分が子どもの頃持った印象はおそらく後者の方だったんだろうと思う。

でもそれなら、なぜ残された伝説にもそれに基づいたグリム童話にも「救い」の描写が無いのか。
未来の象徴である子どもを奪うというのは罪の代償としてあまりに大きすぎる気がするし、結局笛吹き男は何者だったのか、子どもたちはどこへ行ってしまったのかを明かさないまま終わるのも話として中途半端に感じる。
この「未解決感」こそがなんだかリアルで、フィクションと現実の間の「都市伝説感」を出しているんだろう。

 
ところで、子どもたちの大量失踪が史実と言われているのは、ハーメルンの13世紀の出来事を記した資料に「我らの子供達が連れ去られてから10年が過ぎた」という記述があることが根拠になっている。
さらに14世紀以降の資料で「色とりどりの衣装を着た男に130人の子どもが誘い出された」という物語の記載が登場し、16世紀以降はそこにネズミの大量発生エピソードが付け加えられ始める。
よって、「子どもたちの大量発生」という実際の事件が、物語として後世に伝わる中でアレンジされ、伝説化していったと見られているのだ。

真相は未だ藪の中だが、「実際は子どもたちは病死だった」「溺死だった」「いや本当に誘拐されたのだ」「巡礼だ」「少年十字軍だ」等さまざまな説があるらしい。
「MASTERキートン」でも(あくまでフィクションとして)天然痘の免疫を持った子どもたちを集めて抗体を作ったなんて説が取り上げられていた。
ただしいずれの説も明確な根拠はほとんどなく推測の域だ。

現在では、比較的具体的な根拠に基づいているものとして「子どもたちとは『移民』だった」という説が有力視されているらしい。
この時代に多くのハーメルン市民が貴族に率いられてドイツ東方に移住した史実があり、当時の住人は「街の子どもたち」と表現されていたことも明らかになっているのだという。

都市伝説好きとしては全くワクワクしない真相だけど、確かにいかにもありそうな話だなぁと思う。
それに、当時の人々、特に「残される側」にとって、住民たちの移植というのは、こんな不気味な童話になってしまうくらい不安で悲しいものだったということなのかもしれない。
そう思うと、それはそれでなんだか胸熱だ。

 
以上のような基礎知識を持った上で、改めてハーメルンの街を歩いてみた。

 
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広場のマルクト教会にある、ハーメルンの笛吹き男伝説を表したステンドグラス。
これは戦後に再建されたものだけど、オリジナルは1300年頃から存在したという。
先述の「130人の子どもが〜」の資料も、このステンドグラスを解説したものらしい。

 
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街を歩くと石畳の所々にネズミのマークを見かける。
物語の中で笛吹き男がネズミを連れ回した道を示しているそうだ。
もちろん、実際はそんな資料は残っていないので、近代以降に作り上げたフィクションだけど、本当に物語の世界に入り込んだ気分になれて楽しい。

 
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笛吹き男がネズミを溺れさせた川は旧市街のすぐ横で、自分の泊まっているユースホステルのすぐ裏側にあった。
綺麗で静かな川なんだけど、童話の影響なのか、なんとなく神秘的な雰囲気を感じた。

 
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この町では登り系観光はなさそうだなと思ってたんだけど、なんとマルクト教会のこの塔に登れるというので登ってみた。

 
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限りなく先端まで登れた。
窓ガラス越しに街の全体を見渡すことができる。
たくさんの路地の中には、伝説を踏まえて「いかなる音楽も奏でてはいけない」ルールの通りもある。
お祭りのパレードもこの通りに差し掛かると音楽を止めるそうだ。
「舞楽禁制通り」というその名前は15世紀前半には存在していたらしい。

 
今のハーメルンの街並みはただただ美しく可愛らしいし、「ハーメルンの笛吹き男」の真相は、あの童話のような暗い印象のものではもしかしたらなかったのかもしれない。
でもこうして改めて街を歩くと、全体としてどこか不思議な、何か謎を秘めているような雰囲気も確かに感じるのだった。
そして自分にはその雰囲気が、なんとなく悲しみを帯びているような、失った何かを悼んでいるような空気に思えた。
そういえば「舞楽禁制通り」も、悲劇を二度と起こさないゲン担ぎというニュアンスを感じる。

でもそうなると、結局のところ、あの不気味で謎めいた童話が、真相として一番しっくり来る気がしてしまうのだった。
まぁ街自体が童話の世界観に合わせて再建されているんだろうし、そもそも童話のイメージが先入観として強すぎるので、例によって単に「七夕の国現象」(出来事とイメージの順番が逆)なだけなんだろうけど(´Д` )

 
面白かったなぁハーメルン。
これでメルヘン街道を抜け、次はガラッと変わってドイツの近代都市へ行く。

 
 
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2016-10-17 | Posted in Blog, ドイツNo Comments » 
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